スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

帰国それから・・・音楽と

とりあえず、お金も底をついたので
12月16日日本帰国を決めました。
でも、日本に住み続けるつもりは今のところありません。

フィンランドに向けて、
頑張って資金を稼ごうと思っています。
まだまだ高めていきたいものがあるし、
自分でもまだまだ中途半端な気がしています。

ここイスタンブールで、イスラム文化圏の優しさに触れています。
イスラムのホスピタリティを一身に受けています。

インド人とここイスタンブールのトルコ人を比べると、
やはりインド人の方が特殊な精神を持っています。

トルコ人は同時代人という感じを受けますが、
インド人は同じ時代に生きながら
どこか違う時代に生きていると言えると思います。

音楽の話になりますが、トルコ古典音楽の曲の完成度は高く、
ここトルコで曲と向き合うというのを初めてやっているように思います。
インド古典音楽では、即興がメインであり、
曲は変えてなんぼのものという感じがありましたので、
その分一曲一曲に対するやりこみ度が低かったのです。

またここでの生活環境がタンプーラを余り練習に使えない環境なので、
必然的にタンプーラなしで練習することも多くなりました。

で、それで自己発見したのが、
タンプーラなし、つまり持続音なしで練習することも
微分音程をある程度聞き分けられる段階になってからは、
結構重要なのかもしれないと思いました。

たぶん自分の身体や頭の共鳴音で、
音程を判断できるようになった後は、
一度タンプーラを離れて練習すると、
逆に自分の音程の微調整が可能になるのではないかということです。

もうインド古典音楽をインドに留学して
きっちり練習し始めてそろそろ5年目ですが、
最近、実際に出ている音名を違う音名で始める練習が
いかに重要かというのに気づきました。

つまり、要はミーンド(滑り音)の練習で、
SaをNiと言って始めたり、ReをSaと言って下がったりという練習です。
これが歌で歌詞を正確な音程で発声するということにもつながって来るし、
微分音程の調整も可能になる練習です。

もうひとつは、トルコ古典音楽をやる中で微分音(シュルティ)を
そのままストレートに出す練習も重要だということを感じています。

これで、どの高さの微分音からミーンドをかけるかとか
判別できるようになると思います。

トルコ古典音楽をやるなかで、微分音を聞き分ける耳が発達し
自分の音程でいままで勘違いしていた音程もあったのに気づきました。
今はそれを修正している最中です。

FACEBOOKでは最近よくUPしているのですが、
トルコ古典音楽のマカームの曲を二つほど紹介します。
どちらもZeki Mürenが歌っています。


Makam Uşşak in 7 beat




Makam Uşşakはラを基点にレがドミナント
ラ 8/9シド レ ミ ファ ソ ラ (Sa 8/9Re ga Ma Pa dha ni Sa')
オクターブ下ではミまで下降し#ド(Dha)になります。

また下降時は、8/9シから 5,6/9シで演奏されます。
(4/9がbシに近い。)




Makam Hümayun in 6 beat
ラを基点にレがドミナント
(ソ)ラ bシ(5/9シ)#ド(5/9#ド)レ ミ ファ ソ ラ
(ni), Sa re(5/9Re) Ga Ma Pa dha ni SA
スポンサーサイト

イスタンブールで32歳を迎える

時の経つのは早いもので、32年も過ぎたのですね。

体感する時の密度は、物理的?な時間の経ち方とは別の領域にあって
時自体も仮象のものということも感じます。

この32年で霊的な成長が自分にあったのかといえば、
良しにつけ、悪しきにつけ
より感じられるようになったということでしょう。

そしてより繊細に、人々の心遣いにも気づけるようになり、
放浪する魂の自分が、段々と他の魂と繋がれるようになってきたと
いうことであるように思います。

それは大きな成長というよりも、
霊的な眼を開くということの一歩でしかなかったような気もします。


音の道、ナーダヨーガの門を叩き、
今はトルコでトルコ古典音楽を勉強している自分。

ここトルコ、イスタンブールの音楽学校は
どうやらイスラム神秘主義の系譜にも連なっているようで
音を通して霊的な世界に足を踏み入れていくのかもしれないと
漠然と感じています。

音に浸るとき、そこにはより本質的な流れのようなものに
踏み入れていると感じているこのごろです。


思い出すのは10年以上前に直居氏のサビアン講座で学んだときの
私のホロスコープリーディングです。

霊的な家族という言葉です。
今生でも家族が重要になるということだったのですが、
それは霊的な家族ということだったのかもと
今では思います。

音楽を通して、霊的な家族と再会する、そんなことを思うのです。

ここイスタンブールで、トルコ古典音楽を学ぶ中で
アーラープもやはり語りのようにならなければならないのかもと
感じています。

アラブ音楽やトルコ古典音楽での即興旋律のようなタクシムは、
詩の韻律などに密接な関係を持っているようですが、
音を通して語るという伝統を今も保持しています。

あの音を通した見事な語りは、
涙を誘い、人々を変性意識へと誘っているのを見ると、
言葉の韻律とは関係が薄れた特殊な発展を遂げた
インド古典声楽のアーラープも、
また違う形で語りかけるべきなのかもとも感じました。

自分はこれからどこへ向かっていくのか?

32歳でもいまだよくわかりません。
どこまで自分の求めるものを追及できるのかわかりません。
が、どんな形にしろ、音楽を生活の中で、触れていられるのが理想です。

どうやって学び続けるのか、
どうやって生きていくのか、それもわかりません。

とりあえず、フィンランドのアントロポゾフィー的な環境で
ナーダヨーガを追求していく、その決心を固めないといけない。
でも時々疲れるといえば、疲れます。
それ以上に慰めを受けているといえば受けているのに。

自分の理想を追求しつづけるには、
まだ必要なものがある。でもそれが何なのかわかりません。

形を変えて、細々とでも音楽に関わっていければいいのではという
誘惑?に負けそうなときもあるのですが、
人生に、神に許されるなら、
まだまだ音の語る真実にどっぷりと浸りたい。

私に足りないのは祈りなのかもしれません。
自分の努力とは別に、祈るという行為が、
私には足りないのかもと今思いました。

どうかこの音の道を追求し続けんことを許したまえというような。
そしてそれに対する一瞬、一瞬の感謝。。。

まだまだこの人生という夢は続くのですね。

theme : スピリチュアル
genre :

イスタンブールでの音楽学校、大学、生活

ここイスタンブールに来て
もうすぐ二週間が経とうとしています。

イタリア人の友人のバイオリン奏者アレクサンドロに薦められた音楽学校は、
期待通りの学校でした。

授業は13時から15時、19時から21時までの4時間が
トルコ音楽初心者にほぼ週4日あり、希望でこれらすべてに出ることが可能です。

授業はトルコ語ですが、英語での通訳を秘書のエスラにしてもらっている授業が週一回。
トルコ古典音楽理論、楽典の授業や質問に答えてくれる授業です。

クラスのレベルは初級、中級、上級、特上級とありますが、
現在開講しているのは、初級と上級のみ。

私は初級と上級に参加させてもらっています。
上級で今日は32/4拍子の曲をやりました。

トルコ音楽は最大120拍子まであるそうです。
南インド古典音楽の最大の108拍子サイクルより長いのでちょっと驚きです。

トルコ古典音楽のマカームは600以上あるそうですが、
インド音楽のラーガも実際大体400くらいが知られているラーガなので、
実際はどれくらい演奏されるのかは不明です。

微分音、シュルティを追及するのが目的でしたが、
トルコ音楽の微分音はインド音楽のシュルティより細かいですね。
4分の一音ではなく、半音をさらに4分割して、
計測していないので実際はわかりませんが、8分の一音引いた音を使うマカームとかあります。

ちょっと大変なのは、
私は西洋音楽を本格的に勉強したことがないので、
トルコ音楽の楽譜は西洋音楽の五線に近い楽譜を使うので
楽譜を読むのが慣れないですね。

13時からの授業はイスタンブール大学で
午前9時半から4時間のトルコ語コースを取ったので参加できないのですが、
とりあえずなるべく、週10時間以上は通うつもりです。
往復で三時間かかるのですけど。

ジャムセッションが出来る場所もイスタンブールにはあると
友達から情報が入ったので近々チェックしに行く予定でいます。

Europian Rainbow Gathering in Finland 2010

7月20日あたりにFinlandで行われている 
Finland Rainbow Gatheringに参加して、現在Tallinn, Estoniaに滞在中。

フィンランドのレインボーギャザリングでは、
イタリアのレインボーで請われた、歌のワークショップをほぼ毎日開催。

フランスで鍛錬したアーカールと
共鳴領域を開く訓練を経験則で行い、
初心者にもいきなりミーンドの練習を行いました。

グループに教えるのは初めての経験でしたが、
これがなかなか好評でした。

レインボーでも練習はほぼ通常に近い練習量をこなしたし、
特にミーンドや共鳴領域について、教えることで自分が進歩できました。

音楽的な俯瞰として
楽音以外の音を目指すエクスペリメント系?の音楽に目を開かれた思いです。
噴水魚洗という楽器、初めて生で見ました。
あの水が共振して、噴水して音が出る楽器は本当にインパクトがありました。
古典音楽的な音を追求するのと同時に、音楽的な音そのものを追求する方向性。
そういう方向もあるのだということに今さらながら実感しました。

最近は微分音、シュルティを個人的に追求してきたけど、
これは古典的な音(アラブ、インド、イラン古典音楽などの)、中世的な音?を追求しているわけで、こっちの音は原初の音楽に近い音。。。
そんな感じでした。

いずれこちらの音にも触れていこうと思うのですが、
まだまだ遠い将来の話です。

イスタンブールの近くのトルコ音楽の学校のコンタクトをついに手に入れたので、
上手くお金が稼げれば11月あたりに行こうかと思っています。
オスマン古典音楽をたぶん、そこではじっくり学べるかと思います。

これで微分音への理解が深められればと思っています。

音楽以外のレインボーギャザリングでの大きな変化としては
裸体と退廃的なエロスの関係を再構築できたということ。

レインボーはヒッピーの集まりでもあるので、
ヌーディストがいくらでもいるわけですが、
ヌードそのものには退廃的なエロスがあるかというと
そうでもないということを頭の理解だけでなく、心で感じ取りました。

レインボーに深みがあるかというと、そういうことはないですね。
といっても、その軽さが好ましいというか、
本当のコミュニティライフに移行する前の
馴らし運転的な意味の好ましさがありますね。

何より出会いの場でもありました。
もちろん、ここで出会える人はスピリチュアリティで言えば、
限られていますが、それでもこれだけ沢山の人に一度に会える機会というのは
通常の生活ではなかなかありません。

今回は2000、3000くらいの人数でしたでしょうか。
その縁で今はエストニアにいるわけです。

これからフランスに戻るつもりですが、
とりあえず、リトアニアのレインボーに一週間ほど参加して、ドイツとかところどころよりながら、南フランスを目指そうかと思います。

レインボーその後

MIXIからの過去日記の転載です。
お久しぶりです。

6月のイタリアから始まった今回の旅。
フランスに来たときから旅?といえばそうですが。

レインボーギャザリング イタリアから始まり、
自分の方向性を見定める旅は
そろそろ終わりのときを迎えているのを感じています。

レインボーギャザリングで感じたことは、
たぶんこれから言葉になっていくと思いますが、
この移動生活の中で、自分の空間を持つことの必要性をついに感じてきました。

自分の性質上、
どこかで修行的な生活を送るほうがあっているというか、
日常生活の中で積み上げていくというのは苦手だということもありますが、
やはりフィンランドの歌の学校 ラウルコウルで、ベースとなる音を培っていこうと
ほぼ決心しています。

この後はトルコで、オスマン古典音楽をやって、
時間とお金があれば中東にも足を伸ばし、日本で留学資金を貯めようと思っています。

今回の旅で、音楽を教えることの楽しさを改めて知りました。

ベルリンでは、先を行くドルゥッパド声楽家のアメリアに習い、
また古典以外でも、独自の?ボーカルトレーニングを確立したボーカルトレーナーにも習い、
楽器としての身体を追求していくことの必要性を痛感しました。

そして、自分が何を諦めて、どの代償を払い、どの道を取るのかを
そろそろ選ばないといけないと思います。

インド古典音楽は道の途上ですが、
歌歌いとしての道を究めるために、しばらくインド古典音楽の勉強は中途で、
まずは声に懸かった覆いを取ることに専念しようと思います。
もちろん、自分では研鑽を積みますが、師につき、
インドに行くということはしばらく遠のくことになりそうです。

シュタイナーの講義録を自分なりに読み込んできたここ10年余りを、
そろそろどこかで結実させないという思いもあります。

ベルリンでのアントロポゾフィーとはまた違ったアプローチも大変魅力的でしたが、
やはり精神の方向性としてのアントロポゾフィーが
日常の中に結晶化してあって欲しいのです。

そうなるとやはりフィンランドが向かうべき方向のようです。
長年帰る場所として確保し続けた実家の部屋も、
いまは産まれたばかりの甥と妹に占領されているようで、
自分の場所を確立しないといけない状況になってきました。

精神性と音楽が一つになる方向へと加速していくつもりです。
では来年、日本でお会いしましょう。
プロフィール

Naoto de Banaras

Author:Naoto de Banaras
笠原 直人
北インド古典声楽家
師 T.M.Hoffman より北インド古典声楽の手ほどきを受け、2006年よりインド国費留学生としてベナレス ヒンドゥー大学に留学。

ベナレスでは Pt.Pashpatinath Mishra 師のもとで研鑽を積み、 その上達の早さで大学の教授、院生たちに驚きを与え、コンサートデビュー。

師 Hoffman の日本語の歌詞を使ったインド古典声楽を継承することを目指しつつ、ジャンルを超えインド古典声楽の歌唱法をさらなる舞台に広げることを模索している。

ユニット SURYA LEVANT
(日本語詩をインド古典に乗せ、
新たなスタイルを模索するユニットです)
http://www.myspace.com/1004604167
-------------------------------------------------
NAOTO KASAHARA
(Vocalist)
After having studied the North Indian classical vocal under T.M.Hoffman in Japan, he studied at Banaras Hindu University in India with I.C.C.R Scholarship from 2006 where he was trained by Pt. Pashpatinath Mishra. His quick improvement and his musical talent surprised professors and M.A students.Trying to follow the works of T.M.Hoffman, Naoto uses Japanese lyrics in Indian classical vocal and he is trying to promote this music to spread through various audience beyond genre.

Unit SURYA LEVANT
http://www.myspace.com/1004604167

最新記事
最新コメント
カテゴリ
最新トラックバック
月別アーカイブ
リンク
FC2ブログランキング
ブログランキングに参加しています。 クリックして応援よろしくお願いします。

FC2Blog Ranking

にほんブログ村 音楽ブログ ヴォーカルへ
にほんブログ村
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。